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~~講師プロフィール~~ 
ヴォイストレーナー  ​小坂満賀(こさかみか)

イタリア立 フレスコバルディ音楽院卒業

イタリア フィエーゾレ音楽学校にて学ぶ

~~~指導経験~~~

イタリア フィエーゾレ音楽学校

JEUGIAカルチャーセンター

東急セミナーBE​(美ヴォイスレッスン)

昭和音楽大学付属音楽教室

グランクレール青葉台合唱団

コーロ・ラ・ヴォーチェすぎなみ

2005年日本にて声楽個人レッスン開始

2014年ことば音楽療法レッスン開始(個人・支援学校)

~~~受賞・資格~~~

第2回フランス音楽コンクール入選

第5回近・現代音楽コンクール審査員賞

イタリアカリアリ歌劇場オーディション合格

実用イタリア語検定1級取得(会話・作文満点合格)

​ことば音楽療法士資格取得

​イタリア国立音楽院ディプロマ取得

​中学校・高等学校第1種音楽教員免許取得

~~~好きなもの~~~

・くるみとぶどうのパン🍞

・カフェラッテ☕

・ばら🌹の花(アンジェラがきれい!)

・ディズニーシー

・イタリア

・夕日🌄

・ヴァイオリン(弾けないけど)

お裁縫

~~~人生で感動したもの~~~

・地中海の美しいグラデーション

・フィレンツェのサンタクローチェ教会

・ディズニーシーのソアリン

・イタリアの歌劇場の舞台から見た景色

・フィレンツェで聴いたサイトウキネンオーケストラの演奏

~~~メッセージ~~~

皆さん、こんにちは。

ヴォイストレーナーの小坂満賀(こさかみか)です。

この度はHPを訪れていただきありがとうございます。

まずは私がこれまでどんな音楽人生を歩んできたのかをここにご紹介させていただきます。

3歳の頃、某音楽大学のピアノ科教授のレッスンを受け始めました。と言っても小さかったので記憶は断片的で、正座でご挨拶をしたり、音符をリンゴに置き換えて教えてもらったりしたことぐらいしか覚えていません。

 

3歳なのに一人でレッスンに通っていたなんて昭和だなー

 

って感じですね💦

 

その後、我が家の引越や先生のご結婚でピアノの先生が何度か変わってしまいました。

大好きな先生が遠くにお嫁に行ってしまう…、腕を痛めてピアニストを辞めてしまう…、とっても悲しかったことを覚えています。だから、

 

自分が先生になったらずっと教え続けよう🎹

 

と心に誓いました。

 

小学校6年の頃、当時の先生のご紹介で、オーケストラをバックにバンバン弾いて大活躍していたピアニストの先生のところへ連れて行かれました。しかしその先生から

「ピアノでトップクラスを目指すには遅すぎるから、今からでもトップクラスを目指せる専攻に変えなさい。」と言われ、声楽か作曲かの二択を迫られました😲

音楽でトップを目指す気などさらさらなかったのに、

 

母親の圧が凄すぎてNOとは言えず👹

 

「曲を作るよりは歌う方がまだましかぁ…。」というぐらいの考えでとりあえず声楽を選ぶことになりました。

中学校1年の頃、何を歌うのかもよく知らないまま、生まれて初めて聞いた「せ・い・が・く」というもののレッスンを受け始めました。この時は将来自分が外国語で歌を歌わなければならないということすら知らず、大学の助教授の先生の厳しいレッスンを受けていました。ある時その先生が

「やめるなら今のうちだよ。」😨

おっしゃったことをよく覚えていて、まだ子供だった私は「意地悪な先生だ!」と思いましたが、今思うと最大限の愛情で、私の人生を考えてくださったお言葉だったのだなーと感じます。

小さい頃からお裁縫が大好きで、人形や人形の服、カバン、スカートなどをせっせと縫っていた私は、

 

パタンナーになることを夢見て​🧵

 

ある時、モード学園の資料を取り寄せました。そして

 

密かに音大に進学しない方法を考えていました😏

 

でも資料を見て愕然としました。親の意に背いて専門学校に行くなら、きっと自分で学費を払わなくてはいけない。でも……想像以上に学費が高かった!!!うぅぅぅぅ……😢泣く泣く断念。結局、親の希望通り音大声楽科に進学することとなってしまいました。まさに

 

親の敷いたレールを全力疾走!🚆

 

中学の時、先生に言われた「やめるなら今のうち。」とはこのことだったんだ、もう後戻りはできないんだ……と痛感しつつ、馬車馬のように音楽に没頭する青春時代でした

 

音大附属音楽教室→高校音楽科→音大声楽科と親の計画通りに進み音楽漬けの生活に…。この頃はソルフェージュを鍛えすぎて、電化製品のモーター音や車のエンジン音、食器がぶつかる音まで聴音できるようになり、

 

頭の中が音符だらけになってしまいました🎶🎵🎶

 

そして音楽を純粋に楽しめない脳が出来上がってしまいました。

大学に行くとちょっとした転機が訪れました。とっても素敵なイタリア語の先生に出会ったのです

テレビのイタリア語講座でも活躍されていた先生はおしゃれで知的で、それでいてチャーミングで本当に素敵な女性でした。何よりも教え方が本当に素晴らしく、私に

 

「イタリアに行ってみたーい!」🍝

 

という気持ちを植え付けてくれました。

そして3年生の夏、ついにイタリアへ短期留学しました。しかし1カ月でイタリア語がうまく話せるわけもなく撃沈!!あまりにも悔しくて、卒業後のリベンジを心に誓い帰国しました!!

10年間も声楽の専門教育を受けると、少しずつその面白さや難しさがわかってきたので、もうちょっと学びを深めてみようと思い、イタリア語の個人レッスンに通ったり、フランス歌曲を専門的に勉強したり、オペラの研修所でオペラを勉強したりして、自ら音楽の幅を広げていくようになっていました。

大学卒業後、留学への思いが増す一方の私…。

しかし…

音楽の勉強を続けるとなると日本にいても色々とかかります。声楽レッスン代、ディクションレッスン代、コンクールの参加費用、オペラ研修所の費用、伴奏者へのお礼、ドレス代、出演するコンサートのチケットノルマ…。その上に留学費用…。

奨学金があればもっと勉強時間が取れるのに…と思っていた矢先、「ロータリー財団奨学生募集」の広告が目に留まりました。これだ!と思いすぐに財団事務所へ!!

でも、私がその募集記事を見た時には、もう締め切りまで1週間ほどしかなく、事務所の方に

 

「絶対に間に合わないから書類は渡さない。」

と言われました😞でもそこからダメ押し!!イタリアに行きたいという思いが強すぎて、引き下がれなかったんです。

 

若かったんですね😍

語学の能力を証明してくれる人の推薦状を2言語分、声楽の先生の推薦状2通、イタリア語の小論文、志望理由書等、結構ハードルの高い関門でしたが、なんとか間に合わせました。その後書類審査に無事合格し、面接試験へ!

そしたらいたんです!

神様が!!✨✨✨

なんと審査員の中に、たまたま私を知ってくれている人が3人もいたんです!

そんな奇跡あります???

まるでM1敗者復活戦です!

3人のうち2人はお目にかかったこともない方なのに…。

よかったー、真面目に生きてきてよかったー!

私、いつも思ってることがあるんです。

5年間努力すると神様がご褒美をくれるって…🤩

何教の信者でもないけれど、神様はずっと見てくれている気がしています。

 

悲願のイタリアリベンジ留学🛫

留学してから半年ぐらいはうまく話せない、知り合いもいない……で大変でしたが、少しずつ自分を知ってもらえるようになって、イタリア各地オペラや宗教曲のソリスト、歌曲コンサートに出演させていただけるようになりました。

 

留学4年目には、幸運にも「イタリア・フィエーゾレ音楽学校」の助手として働かせてもらえるようになり、イタリア人、フランス人、イギリス人など様々な国籍の生徒に声楽指導する機会を与えられ

 

イタリアで私の声楽指導人生が始まりました​!

私の師匠は許可なくコンクールやオーディションを受けることを禁止していました。理由は「確実に合格する、もしくは受賞できるレベルになるまで受けさせない!」ということでした。実際に掟を破って破門になった門下生もいました。

にも拘わらず、留学5年目のある日、友達が勧めてくれた歌劇場合唱団のオーディションをなんとなーくノリで受けてしまったんです。それが歌劇場のオーディションで、合格したらお給料が出るということも知らず、「とりあえず受けたほうがいい!」と言われて、「折角言ってくれてるのに断ったら悪いなー。」ぐらいのテキトーな心構えで……

そして倍率が20倍もあったのに奇跡的に合格してしまったんです。

そう、

 

また5年目の神のご褒美です!

あの日神が舞い降りて、何かが乗り移ったかのように素晴らしく歌えたんです。

でも……、

 

破門になるに違いない👹

 

何もなかったことにして仕事を辞退するか、破門を覚悟で師匠に伝えるか…。

悩んだ末、恐る恐る師匠に結果を伝えました。

うまく歌えない時には「PATATAAAAAA(パタータ→意味→芋)!!」と怒鳴る師匠も、この時ばかりは笑顔で合格を喜んでくれ、破門にならずに済みました。

そして、その歌劇場では世界的に有名な指揮者や歌手と同じ舞台に立たせていただき、とても貴重な経験を積むことが出来ました。

その後、ステップアップのため、新しい声楽の先生を探していた私は、噂で耳にしたとあるソプラノの先生にいきなりの電話直談判を試みました!

「あなたどなた??​?😒

 

ひと言目にはそう仰った先生も、私の必死の訴えを受け入れて快くご自宅に招いてレッスンをしてくださいました。よく考えたら怖いですよね。いきなり電話を掛けてきた外人を自分の家に招き入れるなんて😱

のちにその先生が、昔マリアカラスと同じ舞台で歌っていた歌手だと知り恐れおののきました。自分の家にあったCDジャケットをじっくり見ていたら、先生の名前がマリアカラスと並んでいたんですから!!!

 

😲知らぬが仏とは正にこのことです。

 

その後、国立の音楽院を無事卒業し、7年間のイタリア修行に終止符を打ち帰国。

帰国後すぐに某プロ合唱団のオーディションに合格したのですが、当時、幼子がいる歌手は喜ばしくないという風潮だったため、

 

事実上クビに追い込まれました😢

「子供が40度の熱を出しても歌いに来ると誓えるのか?」と言われ、「誓うのは絶対に無理!!」と思い

子育てを優先することを選びました。

 

人生あっての音楽👆

 

よりよく生きるための音楽じゃないと、音楽を奏でる意味がありませんからね。

元々教えることが好きだったので、出産後は演奏活動を一時セーブして、子育てをしつつ日本で声楽を教え始めました。その後、合唱やことば音楽療法の指導も始め、現在に至ります。

歌は体が楽器なので、神様から頂いたその楽器で勝負をするしかありません。

声楽を始めたころ、140㎝もない身長で折れそうに細かった私は、上手く歌えるようになるために色々な努力をしました。柔軟運動をしてみたり、筋肉を鍛えてみたり、走ってみたり、泳いでみたり、太る努力をしてみたり……。耳鼻咽喉科の先生には、「高い声が出しにくい口の形」だとか、「声帯が標準より大きくてアンバランス」など散々なことも言われ、「才能がないのかな……。」と何度も諦めそうにもなりました。でもその度に「きっとできるはず!やり方を知らないだけ!」と自分に言い聞かせながら、1㎜でもいいから前進しようという思いでずっと学び続けてきました。

今、自分の音楽人生を振り返ると、

人生に無駄はないな、苦労は実を結ぶのだなと思えます💖

 

なぜなら、歌えないと悩む生徒さんの辛い気持ちが痛いほどわかりますし、その解決方法が手に取るようにわかるからです。

そんな私が何十年もかけて確立したメソードを、上手に歌えるようになりたい、しっかり声を出せるようになりたいと願う

 

生徒さんに惜しみなくお教えしたいと思っています😍

 

 

 

 

生徒さんから​の嬉しいお言葉をここに少し紹介します👇👇👇

🎵「先生に言われたことが徐々にわかるようになって、3年経って歌えるようになってきました。」(合唱の生徒さん→月に2回のみのレッスンでしたが、くじけずよく頑張りました)

🎵「他の先生のところで、あなたは高い声が出ないタイプです、と言われて声楽を辞めようかと悩んでいた時に先生と出会いました。1回目のレッスンで先生から「あなたの声は声帯に異常を感じるから、耳鼻科で診てもらうように。」とアドバイスを受け、声帯ポリープを発見。完治後、先生のレッスンを受け始め、オペラアリアが歌えるようになりました。あの時、歌を諦めなくてよかったです。」

🎵「発表会でお客さんに褒められました。」(個人の生徒さん→10年以上レッスンに通う努力家さんです)

🎵「体を壊したことで何年も出にくかった声が、レッスンを受けることで段々と出るようになってきました。」(合唱の生徒さん→ほんの2、3カ月で変化があったそうです)

🎵「合唱で歌っているうちに喉の筋肉が鍛えられて薬が楽に飲めるようになりました。」(合唱の生徒さん→レッスン以前は喉に薬がへばりついて飲み込むのが大変だったそうです)

🎵「一日中お経を唱えても喉が疲れなくなりました。」(個人の生徒さん・お坊さん→一度のレッスンでしっかりテクニックを習得されましたヽ(^o^)丿かなり優秀な生徒さん!)

🎵「80歳を過ぎていても上手になっていくので楽しいです。」(イタリア歌曲レッスンの生徒さん→この生徒さんからは私も色々学ばせていただきました。声はいくつになってもよくなることを証明してくれたのですから!!)

🎵「​高校生になるまで楽経験がなかったので、音大受験はさすがに無理かなと思いましたが、先生の丁寧なご指導のお陰で無事に音大声楽科に合格できました。」

​🎵そしてお話のできない障がいのある生徒さんが初めて上手に「あいうえお」を言えるようになった時の喜びの笑顔とハグ!!

私は声楽の​様々なテクニックを伝授するレッスンをしているつもりなのですが、その結果、

 

生徒さんのQOLがアップするお手伝いも出来ていると知り嬉しさでいっぱいです。発声一つで人生って変わるんですね😄

これからも皆さんのお役に立てるような有意義で楽しいレッスンを行っていきたいと思っています。

ご興味のある方はお気軽にメッセージをお送りください。よろしくお願いします。

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